平成24年(2012年)沖縄遺骨収集奉仕活動

2月18日(土) 第39回金光教沖縄遺骨収集奉仕参加

今年も39回目となる金光教沖縄遺骨収集奉仕活動に参加させて頂きます。(^o^)

沖縄の10から翌年4月の頃、つまり沖縄の秋から冬にかけての時節は、野菜がグングン育つ時期でして、関東で言えば春から夏の時節に相当するそうです。つまり沖縄の夏はあまりに暑すぎて野菜が育たず、秋・冬の時節が野菜が育つ一番最適な時期なのだそうです。

そうしたなかで今年は、昨年の秋口から続く日照不足等の天候不順により、野菜の高値が続いているそうですよ。実際に今回私が沖縄に来てからも寒い日が続き、沖縄らしくない寒い日の連続でした。しかしながら天候不順ではありますが、例年に比べ雨の日は少なかったように思います。

幸いに本日の摩文仁の天候は、冬型の気圧配置となり終日曇りの予報です。関東など太平洋側は、冬型の気圧配置の場合、晴れとか晴れ時々曇りといった天候が多いわけですが、ここ沖縄で冬型の気圧配置が強くなると、どんよりとした曇り空となり、沖縄と思えないほどとても寒くなります。

予報でも最高気温が15度となっていますからね、本日は “防寒対策” は必須ですね~。特に汗をかいた後の着替えの下着を持たないと、とても寒い思いをしてしまう恐れがありますね。着替えは暑い日はもちろん、寒い日も多めにリュックサックに入れておきましょう。(^o^)

さて今回第39回金光教沖縄遺骨収集奉仕活動の参加者は、林先生によれば北海道から九州までの参加者が71名(信奉者54名、一般参加17名)で、地元沖縄からは23名(信奉者16名、一般7名)総勢94名もの方々が、ここ摩文仁にある平和祈念公園に集結致して下さったそうです。

今年もウエブサイトなどを通じて、金光教による沖縄遺骨収集奉仕活動を知った一般の方々が大勢参加して下さいました。本当に嬉しい話ですよね。ありがとうございます。(^o^)

林先生は常々「沖縄戦戦没者二十余万の霊の助かりなくして、沖縄の真の助かりはないと思っています。…」と語られています。金光教の沖縄遺骨収集奉仕活動の主軸を為すこの原点を、本日からの二日間思い起こしながら作業を進めて参りましょう。ここ沖縄でも沖縄戦戦没者のご遺骨を、まだ完全に収骨し終えたというには、まだまだほど遠いというのが現状です。さすがにご遺骨は容易には見つからないようになってきましたが、最後の一体まで探し尽くし、辛酸をなめた当時の沖縄県民の助かりを願い、今回も精一杯取り組ませて頂きましょう。(^o^)

大東亜戦争を戦い抜いた先人のおかげで、今の私たちがこうして平穏無事の生活を送ることが出来ています。また児孫のために今日の平和な社会を維持・発展させていくこともまた私たちの責務でもありますよね。戦後67年、日本が他の国から軍事攻撃を受けず平和を維持できたのは、日米安全保障条約によるところが大きいわけですが、しかしながら大東亜戦争における日本軍将兵の勇敢に戦い抜いた姿が、近隣諸国の脳裏に焼き付いているもまた間違いありません。それらが未だに日本国の抑止力として働いていると思えますから、私たちは大東亜戦争で戦死した英霊にこれからもずっと感謝の意を表明し続けたいですね。

歴史は連綿と続きます。心ある人たちがこうして摩文仁に集っていますが、この大いなる誘いに心から感謝し、日々の生活の仲で過去・現在・未来に於ける自分の立ち位置を見極める努力を為し、歴史の一翼を担う責任感をも遺骨収集を通じて感得できれば素晴らしいですね。(^o^)

那覇グループの方々が朝8時半頃から受付を開始して下さり、またテント設営も皆で協力して設置を開始し、例年通り9時頃には摩文仁山上を向いての御祈念が始まりました。

初日の各班の活動予定区域は、1班、2班が事前にご遺骨の小片が発見されているチンガー井戸の近くで、すくなくとも午前中は発見現場およびその周囲での調査・収集作業を行います。また3班・4班・5班の三グループは、昨年の継続ということで、八重瀬町仲座にある慶座絶壁崖下密林のが水源地以東を捜索。3班は昨年赤ちゃんの頭骨が発見された場所を更に徹底して捜索するとの事です。また地元沖縄の5班の皆さんは、昨年の捜索区域をもう一度丁寧に捜索するという事になり、参加者はそのプランに沿って、班ごとに活動を開始しました。

朝の御祈念、ミーティング

遺骨調査・収集の様子1

朝一番、早めに到着した方々を中心に、テキパキとテントが張られていきます。

遺骨調査・収集の様子2

摩文仁山上に向け朝のご祈念を行います。

遺骨調査・収集の様子3

朝のご祈念として『神徳賛詞』を奉唱します。「仰ぎまつれば天高く 拝みまつれば地は厚し 神の恵みに生かさるる身の幸いぞありがたき…」

遺骨調査・収集の様子4

金光教那覇教会教会長の林雅信先生です。参加して下さった皆さんに感謝の意を表明され、また昨今の沖縄遺骨収集に関わる情勢や「戦没者遺骨収集情報センター」開設に伴う遺骨収集をするに際しての若干のルールの変更を説明されました。続いて本日の予定地域等の説明をして下さいました。

遺骨調査・収集の様子5

今年から遺骨収集作業の手順と流れが一部変わりました。特に注目すべきは、相応のご遺骨が発見された場合は、警察に連絡した身元調査を実施するという事になったようです。遺骨収集を長年やっている方は、ご遺骨を見ればすぐに67年前のものか、最近のものかは判断できますが、一応警察に事件性の有無について確認をしてもらう必要があるという事ですね。

遺骨調査・収集の様子6

こちらは東京方面の方々で編成する1班の皆さんです。班長の辻井さんが説明しています。

遺骨調査・収集の様子7

吉井班長さんが2班のメンバーにそうした変更事項などを説明しています。

遺骨調査・収集の様子8

3班の皆さんです。大倉先生が皆さんに説明しています。

遺骨調査・収集の様子9

ご覧のように、皆さんがしっかりと防寒対策をしていますね。今日は本当に寒いです。し

遺骨調査・収集の様子10

こちらはご存じ4班の皆さんです。吉永先生が説明しています。

遺骨調査・収集の様子11

こちらは沖縄グループ5班ですね。

遺骨調査・収集の様子12

本土からやってきた私たちが寒いのですから、沖縄の人たちは相当寒いかな~。

遺骨調査・収集の様子13

嶺井さん主導で朝一番の準備体操が始まりましたよ。加齢と共に朝の身体はすぐには反応してくれません。しっかりと体操して身体を目覚めさせてやりましょう。

遺骨調査・収集の様子14

1班2班は本日同じ場所で遺骨収集作業を実施します。皆さんが出発前に記念撮影です。

遺骨調査・収集の様子15

1班2班の皆さんは、徒歩で遺骨収集現場に向かいましたが、道すがら濱出さんが旧前門さん宅の前で、金光教の遺骨収集奉仕活動に献身的に関わった前門さんについて話をされました。

前門さんは、運営委員会の時代、先発隊そして機動班として第26回まで精力的に取り組まれましたが、悲しいことに平成14年、50歳の若さで他界されてしまったのです。前門さんと前門さんのお母様は、ある意味金光教の遺骨収集奉仕の生みの親ともいえるほど深い関わりがあったのです。改めてご冥福をお祈りします。m(_ _)m

遺骨調査・収集の様子16

この付近一帯で戦没・収骨された12,000柱が祀られる「南冥之塔」までやって参りました。「南冥之塔」と前門さん親子、そして林先生との縁もまたとても深いのがありますね。

遺骨調査・収集の様子17

濱出さんが、摩文仁海岸に至る遊歩道脇にあるチンガー井戸(摩文仁のムラガー)の由来も説明して下さいました。摩文仁には湧き水が出る場所が二カ所しかなく、ここはそのうちの一カ所です。多くの将兵・避難民が水を求めてここにやって参りましたが、艦船から狙撃されて多くの犠牲者が出たところです。

遺骨調査・収集の様子18

作業着手前にご祈念を行いました。

遺骨調査・収集の様子19

さあアダンとの戦いが始まりました。

遺骨調査・収集の様子20

岩の間を縫って遺骨発見現場に向かいます。

遺骨調査・収集の様子21

班長さんの説明を聞いた後、ご遺骨を発見すべく作業開始です。

遺骨調査・収集の様子22

すでに一本の肋骨が発見されている穴は北田さんに調査してもらいました。まず遺品を出してもらいましたが、お弁当箱みたいですね。アルミ製かな、昔はアルマイトとか言いましたっけ。

遺骨調査・収集の様子23

巨岩の下からこれらのご遺骨・遺品が収集されました。

遺骨調査・収集の様子24

ご覧のように大きな岩がゴロゴロしていますね。

遺骨調査・収集の様子25

遺骨が少し見つかったと連絡がありましたから、見にやって参りました。

遺骨調査・収集の様子26

焼けたご遺骨と肋骨も見えます。肋骨も人間のものと断定できます。

遺骨調査・収集の様子27

大きな岩の下を三人の女性が探しています。

遺骨調査・収集の様子28

ここでも、わずかですがご遺骨が発見されていますね。

遺骨調査・収集の様子29

「お清め班」の皆様の作業風景です。集められたご遺骨は土や苔が付着し汚れているのが八班的ですから、ブラシやハケ等を用いて綺麗に清掃していくという、とても尊い作業をしています。

昨年開所された「戦没者遺骨収集情報センター」の所長さんも見学に訪れて下さいました。
【※ご遺骨は他団体が収集したもので、金光教が受託し清掃作業を行っています】

遺骨調査・収集の様子29

清掃作業をして綺麗になったご遺骨です。

【※ご遺骨は他団体が収集したもので、金光教が受託し清掃作業を行っています】

遺骨調査・収集の様子30

私も一足遅れてやって来ましたが、ご覧のように崖下に向け安全なるルートが作られていました。ベテランさんが多い金光教の遺骨収集奉仕活動ですから、こんなの朝飯前かな。

遺骨調査・収集の様子31

赤ちゃんの遺骨が発見された場所です。今年引き続き掘っているようです。

遺骨調査・収集の様子32

昨年終了間際に大腿骨と骨盤を高橋さんが発見しましたが、その場所を今年しっかり収集する事になっています。

遺骨調査・収集の様子33

吉永先生と花田さんです。毎年お疲れ様でございます。

遺骨調査・収集の様子34

お疲れ様でございます。(申し訳ありません。お名前を失念してしまいました)

遺骨調査・収集の様子35

才田さんです。才田さんは第一回から参加されていますから、今回で39回目すなわち39年間沖縄に通い続けているというわけです。本当にお疲れ様でございます。

遺骨調査・収集の様子36

沖縄班の花村さんです。

遺骨調査・収集の様子37

沖縄班の柳さんです。頑張って下さいませ。

遺骨調査・収集の様子38

4班といえばこの方々ですよね。毎年お疲れ様でございます。

遺骨調査・収集の様子39

昼食時にお邪魔しました。大倉先生。森さんです。

遺骨調査・収集の様子40

奥から高橋さん、一般参加の福岡さん、近藤先生、高尾さんの皆さんです。

遺骨調査・収集の様子41

慶座絶壁に到着しました。
よ~く見ると上の方の岩は黒っぽく、下の方の岩は赤茶けています。すでに人間の背丈ぐらい掘り進めたのですね~。凄いです。

遺骨調査・収集の様子42

一般参加の浅木さん、寺本さん、奥にいらっしゃるのは小出先生です。

遺骨調査・収集の様子43

最後は手を合わせて、この場で亡くなった御霊様のご冥福をお祈りしました。

遺骨調査・収集の様子44

赤ちゃんの遺骨も出たこの場はとても思い出深いものがあります。何年に渡って取り組みましたからね。今回が最後となったのでしょうか。ご冥福をお祈りします。m(_ _)m

遺骨調査・収集の様子45

今回収集したご遺骨です。歯が見えますね。ご冥福をお祈りします。m(_ _)m

遺骨調査・収集の様子46

「南冥之塔」前に移動しました。

全員一般参加の皆さんで、左からもうベテランさんと呼んでもよい北田さん、寺田さん、飯島さんです。北田さんは、毎年奥様や友達を大勢誘って参加されますね。いつもありがとうございます。

遺骨調査・収集の様子47

お坊さんの金子さんです。20年以上参加されてるベテランさんです。聞くところによると石垣島で清掃奉仕活動もされているそうですよ。(^o^)

遺骨調査・収集の様子48

一般参加の小林さんです。視覚障害をお持ちだそうですが、可能な限り頑張って下さいました。ありがとうございます。

遺骨調査・収集の様子49

2班の皆さんが収集したご遺骨の様子です。ガソリン攻撃かナパーム弾攻撃を受け、火だるまになって焼け死んだと言うことでしょうかね…。

遺骨調査・収集の様子50

弁当箱のあった場所および周囲から収集されたご遺骨です。黒焦げのご遺骨が多いですね。煙草を吸うキセルが出てきました。またその下にあるのは目薬だそうですよ。左側の部分に本来はゴムがありそこを押しながら点眼するようになっているそうです。

遺骨調査・収集の様子51

1班の土居さんです。

遺骨調査・収集の様子52

同じく1班の土居さんです。ご兄弟なんですね。

遺骨調査・収集の様子53

一般参加の菊池さんです。

遺骨調査・収集の様子54

さあ帰りますよ。

遺骨調査・収集の様子55

お疲れ様でございました。

遺骨調査・収集の様子56

本部テントには湯茶の準備が完了しています。疲れた身体には甘いお菓子がたまらなく美味しく感じますよね。

遺骨調査・収集の様子57

本部テントに戻った皆さんが、お茶とお菓子を受け取り、思い思いに談笑しています。

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